「できない」が変えた価値観、パラスポーツとの出会い
――視覚障がいを持ちながら、スポーツの世界に飛び込んだきっかけを教えてください。
もともと高校生の頃に視力が低下するまでは、スポーツに強い関心があったわけではありませんでした。
ただ、目が見えづらくなり、それまで当たり前にできていたことができなくなる中で、「できない悔しさ」や「できる人への羨ましさ」を感じるようになり、逆にスポーツへの興味が強くなっていきました。
そんな時、同じ視覚障がいのある友人からパラスポーツの存在を教えてもらい、「自分にもできるんだ」と思えたことが最初のきっかけです。
競技を始める中で、国際大会などの舞台があることを知り、「視覚障がいがあるからこそ目指せる道がある」と気づいたことで、障がいに対する捉え方が大きく変わりました。
足かせだと思っていたものが、挑戦するための「チケット」のように感じられるようになったんです。
この経験は、自分にとって本当に大きな転換点でした。ネガティブに捉えていたものが少しだけポジティブに変わることで、物事の見え方が180度変わる。
その力を実感したことが、パラスポーツの世界に飛び込むきっかけになっています。
また、機能訓練指導員として働く中で、障がいや病気と向き合う方々と接する機会も多くありました。
だからこそ、自分自身がスポーツを通じて得た気づきや変化を、少しでも周囲の方に伝えたいという思いも強くなりました。
障がいは克服するだけでなく、受け入れ方や向き合い方によって前向きなものに変えていけます。その一つの選択肢として、パラスポーツの可能性を届けたいという思いが、今も競技を続けている理由の一つです。
もともと高校生の頃に視力が低下するまでは、スポーツに強い関心があったわけではありませんでした。
ただ、目が見えづらくなり、それまで当たり前にできていたことができなくなる中で、「できない悔しさ」や「できる人への羨ましさ」を感じるようになり、逆にスポーツへの興味が強くなっていきました。
そんな時、同じ視覚障がいのある友人からパラスポーツの存在を教えてもらい、「自分にもできるんだ」と思えたことが最初のきっかけです。
競技を始める中で、国際大会などの舞台があることを知り、「視覚障がいがあるからこそ目指せる道がある」と気づいたことで、障がいに対する捉え方が大きく変わりました。
足かせだと思っていたものが、挑戦するための「チケット」のように感じられるようになったんです。
この経験は、自分にとって本当に大きな転換点でした。ネガティブに捉えていたものが少しだけポジティブに変わることで、物事の見え方が180度変わる。
その力を実感したことが、パラスポーツの世界に飛び込むきっかけになっています。
また、機能訓練指導員として働く中で、障がいや病気と向き合う方々と接する機会も多くありました。
だからこそ、自分自身がスポーツを通じて得た気づきや変化を、少しでも周囲の方に伝えたいという思いも強くなりました。
障がいは克服するだけでなく、受け入れ方や向き合い方によって前向きなものに変えていけます。その一つの選択肢として、パラスポーツの可能性を届けたいという思いが、今も競技を続けている理由の一つです。
周囲の支えと使命感が後押しする、挑戦を続ける原動力
――新しい環境や高い目標に挑戦する中で、不安や葛藤とどのように向き合い、一歩を踏み出してきたのでしょうか。
国際大会に出場するようになってからは、周囲のレベルの高さを実感する場面も多く、「厳しいな」と感じることや、自分には難しいのではないかと悩むことも正直ありました。
特に私の場合は、パラスポーツに本格的に取り組み始めたのが比較的遅かったこともあり、若い頃から競技を始めた選手たちと比べてハードルを感じることも少なくありません。
それでも一歩を踏み出し続けられているのは、会社の方々や家族、友人など、周囲の支えがあったからです。
応援してくれる人たちの存在が大きな力になっていますし、その期待に応えたい、少しでも良い結果で恩返ししたいという思いが、自分の原動力になっています。
また、学校などで子どもたちに講演する機会もありますが、過去の経験を語るだけでなく、「今も挑戦し続けている」という姿を見せることで、伝わり方が大きく変わると感じています。
結果だけでなく、壁にぶつかりながらも前に進み続ける姿勢そのものに意味があるのだと思います。
国際大会に出場するようになってからは、周囲のレベルの高さを実感する場面も多く、「厳しいな」と感じることや、自分には難しいのではないかと悩むことも正直ありました。
特に私の場合は、パラスポーツに本格的に取り組み始めたのが比較的遅かったこともあり、若い頃から競技を始めた選手たちと比べてハードルを感じることも少なくありません。
それでも一歩を踏み出し続けられているのは、会社の方々や家族、友人など、周囲の支えがあったからです。
応援してくれる人たちの存在が大きな力になっていますし、その期待に応えたい、少しでも良い結果で恩返ししたいという思いが、自分の原動力になっています。
また、学校などで子どもたちに講演する機会もありますが、過去の経験を語るだけでなく、「今も挑戦し続けている」という姿を見せることで、伝わり方が大きく変わると感じています。
結果だけでなく、壁にぶつかりながらも前に進み続ける姿勢そのものに意味があるのだと思います。
トレーニングから競技へ。「二刀流」を生んだ転機
――夏季(パラローイング)と冬季(パラノルディックスキー)、2つの異なる競技に取り組むようになった経緯やきっかけについて教えてください。
もともとは、夏の競技であるパラローイングから競技を始めました。
その中でトレーニングの幅を広げたいと考え、さまざまな方法を調べていく中で、海外のトップ選手たちがノルディックスキーを取り入れていることを知ったのがきっかけです。
最初はあくまでトレーニングの一環として取り入れていたのですが、取り組む中で手応えを感じるようになり、「せっかくなら競技としても挑戦してみよう」と思うようになりました。
ちょうどそのタイミングでコロナ禍に入り、チームで行うローイングの練習が制限され、思うように活動できない期間が続いたことで、その期間を無駄にしたくないという思いから、個人でも取り組めるノルディックスキーに本格的に打ち込み、集中的に練習を重ねました。
その結果、競技として一定の手応えを得られ、現在のように2つの競技に取り組むスタイルにつながっています。
――2つの競技に取り組む中で、ご自身の強みや競技への向き合い方にどのような変化や相乗効果を感じていますか。
夏のパラローイングと冬のパラノルディックスキーは、一見まったく違う競技に見えますが、実はかなり相性がいいと感じています。
どちらもパワーと持久力が求められる中距離系の競技で、10分前後の時間の中で力を出し続けるという点が共通しています。
また、道具を通して水や雪に力を伝え、それを推進力に変えていくという身体の使い方も似ているんです。
例えば、体幹を安定させたうえで四肢を使って力を発揮する点や、足で踏み込みながら全身で推進力を生み出す感覚などは、両競技で共通しています。
そのため、片方で培った感覚や筋力が、もう一方にも活きてくるという相乗効果を実感しています。
もともとは、夏の競技であるパラローイングから競技を始めました。
その中でトレーニングの幅を広げたいと考え、さまざまな方法を調べていく中で、海外のトップ選手たちがノルディックスキーを取り入れていることを知ったのがきっかけです。
最初はあくまでトレーニングの一環として取り入れていたのですが、取り組む中で手応えを感じるようになり、「せっかくなら競技としても挑戦してみよう」と思うようになりました。
ちょうどそのタイミングでコロナ禍に入り、チームで行うローイングの練習が制限され、思うように活動できない期間が続いたことで、その期間を無駄にしたくないという思いから、個人でも取り組めるノルディックスキーに本格的に打ち込み、集中的に練習を重ねました。
その結果、競技として一定の手応えを得られ、現在のように2つの競技に取り組むスタイルにつながっています。
――2つの競技に取り組む中で、ご自身の強みや競技への向き合い方にどのような変化や相乗効果を感じていますか。
夏のパラローイングと冬のパラノルディックスキーは、一見まったく違う競技に見えますが、実はかなり相性がいいと感じています。
どちらもパワーと持久力が求められる中距離系の競技で、10分前後の時間の中で力を出し続けるという点が共通しています。
また、道具を通して水や雪に力を伝え、それを推進力に変えていくという身体の使い方も似ているんです。
例えば、体幹を安定させたうえで四肢を使って力を発揮する点や、足で踏み込みながら全身で推進力を生み出す感覚などは、両競技で共通しています。
そのため、片方で培った感覚や筋力が、もう一方にも活きてくるという相乗効果を実感しています。
一人では成り立たない競技で磨かれたチームワーク
――パラノルディックススキーでガイド(伴走者)と一緒に滑る上で、言葉でのコミュニケーションや信頼構築において、特に大切にしていることは何ですか。
パラノルディックスキーではガイドと一緒に滑るため、言葉でのコミュニケーションと信頼関係は非常に重要だと感じています。特に大切にしているのは「タイミングを揃えること」です。
登りや下りに入る一瞬の判断で身体の使い方やエネルギー効率が大きく変わるため、「今登る」「今下る」といった情報を、どのタイミングでどう伝えるかを細かくすり合わせていきます。
お互いに呼吸が合ってくると、動きがはまり、パフォーマンスも大きく向上していきます。
また、パラスポーツでは、障がいのある選手がガイドに一方的にサポートしてもらう関係だと思われがちですが、実際にはお互いを理解し合うことが欠かせません。
私自身もガイドの状態や負荷を理解しないと、適切な要求はできませんし、情報を求めすぎることで相手のパフォーマンスを下げてしまうこともあります。
そのため、「ここは伝えてほしい」「ここは不要」といった意思をしっかり言語化しながら、相手の見え方や感じ方も共有し、共通理解を深めていくことを大切にしています。
さらに、常に同じ目標に向かっていることを確認し続けることも重要です。
感覚的に「分かっているはず」と進めてしまうのではなく、あえて言葉にして認識のズレがないかをすり合わせる。その積み重ねが信頼関係につながり、結果としてチームとしての力を最大化できるのです。
パラノルディックスキーではガイドと一緒に滑るため、言葉でのコミュニケーションと信頼関係は非常に重要だと感じています。特に大切にしているのは「タイミングを揃えること」です。
登りや下りに入る一瞬の判断で身体の使い方やエネルギー効率が大きく変わるため、「今登る」「今下る」といった情報を、どのタイミングでどう伝えるかを細かくすり合わせていきます。
お互いに呼吸が合ってくると、動きがはまり、パフォーマンスも大きく向上していきます。
また、パラスポーツでは、障がいのある選手がガイドに一方的にサポートしてもらう関係だと思われがちですが、実際にはお互いを理解し合うことが欠かせません。
私自身もガイドの状態や負荷を理解しないと、適切な要求はできませんし、情報を求めすぎることで相手のパフォーマンスを下げてしまうこともあります。
そのため、「ここは伝えてほしい」「ここは不要」といった意思をしっかり言語化しながら、相手の見え方や感じ方も共有し、共通理解を深めていくことを大切にしています。
さらに、常に同じ目標に向かっていることを確認し続けることも重要です。
感覚的に「分かっているはず」と進めてしまうのではなく、あえて言葉にして認識のズレがないかをすり合わせる。その積み重ねが信頼関係につながり、結果としてチームとしての力を最大化できるのです。
競技と家庭、それぞれが支え合う関係性
――選手であると同時に、お子様を育てる父としての顔もお持ちですが、それぞれの役割をどのように捉え、向き合っていますか。
私の場合、「選手」と「父親」という役割は、同じ重さで並列にあるというよりも、少し性質の違うものとして捉えています。
競技に関しては、自分の中で社会的な意義や使命を意識しながら取り組んでいる側面が強いです。
一方で、父親として家族と過ごす時間は、「やらなければいけないこと」というよりも、自分にとってプラスになる時間だと感じています。
実際、競技に集中する中で削られていく部分もありますが、家族と過ごすことで気持ちが回復したり、リフレッシュできたりする感覚があります。
だからこそ、無理に切り分けるというよりも、それぞれが良い影響を与え合う関係でありたいと思っています。
私の場合、「選手」と「父親」という役割は、同じ重さで並列にあるというよりも、少し性質の違うものとして捉えています。
競技に関しては、自分の中で社会的な意義や使命を意識しながら取り組んでいる側面が強いです。
一方で、父親として家族と過ごす時間は、「やらなければいけないこと」というよりも、自分にとってプラスになる時間だと感じています。
実際、競技に集中する中で削られていく部分もありますが、家族と過ごすことで気持ちが回復したり、リフレッシュできたりする感覚があります。
だからこそ、無理に切り分けるというよりも、それぞれが良い影響を与え合う関係でありたいと思っています。
育児サポートの制度を活かして実現する、新しい両立の形
――育児サポートを活用するようになった背景と、実際に使ってみて感じていることを教えてください。
現在利用しているのは、JISS(国立スポーツ科学センター)が実施している育児サポート制度で、遠征や合宿時の託児費用などを一部支援してもらえるものです。
2013年度から始まった制度で、2025年度からは男性アスリートにも対象が広がりました。
この制度を活用するようになった背景には、もともとアスリート用の育児サポート制度自体が女性向けに設計されていたことへの違和感がありました。
「子育ては母親が担うもの」という前提で作られているように感じていて、そこに少し課題意識を持っていたんです。
その後、制度が男女問わず利用できる形に広がったタイミングで、「それなら自分も活用しよう」と思い、申請したのがきっかけです。
実際に活用してみて感じているのは、とても良い制度だということです。特に冬場の長期遠征では家族と離れる時間が長くなり、妻に負担が偏ってしまうことへの申し訳なさもありました。
そうした中で、国内合宿に子どもを連れていけることで、家族と過ごす時間を補えますし、妻にも少し余裕を持ってもらえる。お互いにとってプラスになる関係がつくれていると感じています。
また、子どもと一緒に過ごすことで、競技への向き合い方にも良い影響があります。
効率だけを考えれば、トレーニングに集中し続ける方が良いのかもしれませんが、人間としてのコンディションやモチベーションを考えると、必ずしもそれが最適とは限りません。
子どもがいることで生活にメリハリが生まれ、「この時間はしっかりやり切ろう」という意識が高まり、結果としてトレーニングの質が上がっている実感もあります。
もちろん大変な面もありますが、それも含めて自分にとってはプラスです。
育児と競技を切り分けるのではなく、両方を活かし合う形で取り組めているという点で、このサポートを活用してよかったですね。
現在利用しているのは、JISS(国立スポーツ科学センター)が実施している育児サポート制度で、遠征や合宿時の託児費用などを一部支援してもらえるものです。
2013年度から始まった制度で、2025年度からは男性アスリートにも対象が広がりました。
この制度を活用するようになった背景には、もともとアスリート用の育児サポート制度自体が女性向けに設計されていたことへの違和感がありました。
「子育ては母親が担うもの」という前提で作られているように感じていて、そこに少し課題意識を持っていたんです。
その後、制度が男女問わず利用できる形に広がったタイミングで、「それなら自分も活用しよう」と思い、申請したのがきっかけです。
実際に活用してみて感じているのは、とても良い制度だということです。特に冬場の長期遠征では家族と離れる時間が長くなり、妻に負担が偏ってしまうことへの申し訳なさもありました。
そうした中で、国内合宿に子どもを連れていけることで、家族と過ごす時間を補えますし、妻にも少し余裕を持ってもらえる。お互いにとってプラスになる関係がつくれていると感じています。
また、子どもと一緒に過ごすことで、競技への向き合い方にも良い影響があります。
効率だけを考えれば、トレーニングに集中し続ける方が良いのかもしれませんが、人間としてのコンディションやモチベーションを考えると、必ずしもそれが最適とは限りません。
子どもがいることで生活にメリハリが生まれ、「この時間はしっかりやり切ろう」という意識が高まり、結果としてトレーニングの質が上がっている実感もあります。
もちろん大変な面もありますが、それも含めて自分にとってはプラスです。
育児と競技を切り分けるのではなく、両方を活かし合う形で取り組めているという点で、このサポートを活用してよかったですね。
現場での経験がつなぐ、応援と価値の循環
――東急イーライフデザインの運営する介護住宅で機能訓練指導員として勤務されていたと聞いています。その経験は、現在の活動にどのようにつながっていると感じますか。
機能訓練指導員として介護住宅で働いていた経験が、競技そのものに直接活きているかというと、分野は異なる部分も多いですが、人とのつながりという意味では、今の活動に大きく影響しています。
実際に当時関わっていたスタッフやご入居者から応援のメッセージをいただくこともあり、それが自分の背中を押してくれる力になっています。
また、自分の姿が少しでも誰かの刺激や励みになれば嬉しいという思いもあります。
「以前関わっていた人が今こうして挑戦している」と知っていただくことで、ご入居者にとって日々の楽しみや前向きなきっかけの一つになれば、と感じています。
現在は、パラスポーツの魅力を伝える活動として、小学校などで子どもたちに話をする機会もいただいています。
競技の結果だけでなく、挑戦する姿勢や、障がいとの向き合い方を伝えることで、誰かの価値観に少しでも変化を与えられることを願っています。
今後は、こうした経験を会社にも還元していきたいと考えています。
例えば、ご入居者やスタッフに向けた講演などを通じて、日々の暮らしや仕事の中で前向きな気持ちになるきっかけを届けていきたいですね。
機能訓練指導員として介護住宅で働いていた経験が、競技そのものに直接活きているかというと、分野は異なる部分も多いですが、人とのつながりという意味では、今の活動に大きく影響しています。
実際に当時関わっていたスタッフやご入居者から応援のメッセージをいただくこともあり、それが自分の背中を押してくれる力になっています。
また、自分の姿が少しでも誰かの刺激や励みになれば嬉しいという思いもあります。
「以前関わっていた人が今こうして挑戦している」と知っていただくことで、ご入居者にとって日々の楽しみや前向きなきっかけの一つになれば、と感じています。
現在は、パラスポーツの魅力を伝える活動として、小学校などで子どもたちに話をする機会もいただいています。
競技の結果だけでなく、挑戦する姿勢や、障がいとの向き合い方を伝えることで、誰かの価値観に少しでも変化を与えられることを願っています。
今後は、こうした経験を会社にも還元していきたいと考えています。
例えば、ご入居者やスタッフに向けた講演などを通じて、日々の暮らしや仕事の中で前向きな気持ちになるきっかけを届けていきたいですね。
挑戦を続けながら、社会へ価値を届ける存在へ
――大きな節目となる大会を終えられた今、「こうありたい」という将来像について教えてください。
次の大きな目標としては、2028年夏、そして2030年冬の国際大会を視野に入れながら取り組んでいきたいです。
現在はスキーシーズンが一区切りついたタイミングなので、これまで抑えていたパラローイングに再び力を入れ、この夏に予定されているオランダでの世界選手権出場をまずは目指しています。
そこで結果を残すことが、その先の国際大会出場につながっていくと考えています。
2つの競技に取り組んでいることで、常にどちらかのシーズンが動いている状態ではありますが、その分、スケジュールの中に少しずつ余白をつくりながら活動できていると感じています。
競技に全力で向き合うことを軸にしつつ、小学校での講話や子どもと過ごす時間など、プラスアルファの活動にも取り組んでいきたいという思いがあります。
忙しさはありますが、競技だけに閉じず、自分の経験や挑戦を社会に還元していくことも含めて、これからの在り方を描いていきたいです。
次の大きな目標としては、2028年夏、そして2030年冬の国際大会を視野に入れながら取り組んでいきたいです。
現在はスキーシーズンが一区切りついたタイミングなので、これまで抑えていたパラローイングに再び力を入れ、この夏に予定されているオランダでの世界選手権出場をまずは目指しています。
そこで結果を残すことが、その先の国際大会出場につながっていくと考えています。
2つの競技に取り組んでいることで、常にどちらかのシーズンが動いている状態ではありますが、その分、スケジュールの中に少しずつ余白をつくりながら活動できていると感じています。
競技に全力で向き合うことを軸にしつつ、小学校での講話や子どもと過ごす時間など、プラスアルファの活動にも取り組んでいきたいという思いがあります。
忙しさはありますが、競技だけに閉じず、自分の経験や挑戦を社会に還元していくことも含めて、これからの在り方を描いていきたいです。
有安諒平 プロフィール
1987年・東京都出身。15歳で黄斑ジストロフィーを発症。大学で理学療法士を取得後、筑波大学サイバニクス研究コアの研究員としてリハビリ用ロボットスーツの研究と臨床試験に従事。
大学在学中、視覚障がい者柔道に出会い、2014年に強化指定選手となる。後にパラローイングへ転向し、東京2020パラリンピック夏季競技大会に日本代表として出場。
トレーニングの一環で始めたパラクロスカントリースキーで頭角を現し、北京2022パラリンピック冬季競技大会に出場、男子20kmクラシカル7位入賞。2025年FISパラノルディックスキーアジアカップ男子5kmフリー優勝。
ミラノ・コルティナ2026パラリンピック冬季競技大会では、パラクロスカントリーとパラバイアスロンの日本代表として出場。
東急イーライフデザインへ機能訓練指導員として入社し、介護住宅での勤務後、現在は競技を中心に活動中。教育機関等へ講演活動も行っている。
大学在学中、視覚障がい者柔道に出会い、2014年に強化指定選手となる。後にパラローイングへ転向し、東京2020パラリンピック夏季競技大会に日本代表として出場。
トレーニングの一環で始めたパラクロスカントリースキーで頭角を現し、北京2022パラリンピック冬季競技大会に出場、男子20kmクラシカル7位入賞。2025年FISパラノルディックスキーアジアカップ男子5kmフリー優勝。
ミラノ・コルティナ2026パラリンピック冬季競技大会では、パラクロスカントリーとパラバイアスロンの日本代表として出場。
東急イーライフデザインへ機能訓練指導員として入社し、介護住宅での勤務後、現在は競技を中心に活動中。教育機関等へ講演活動も行っている。
※本記事に掲載されている情報は、2026年3月30日時点の情報です。

ポストする