さまざまな環境を越えて見つけた「自分らしい表現」

――大橋さんのこれまでの経歴について教えてください。

私は生まれた時から聴覚に障がいがあり、当時は手話が禁止されていた時代背景の中で育ちました。そのため、小さい頃から家族と一緒に「口話(口の動きや表情を読み取り、音声でやり取りするコミュニケーション方法)」の訓練を受けながら育ち、通学先も聾(ろう)学校だけではなく、口話教育を行う学校など、いくつかの環境を行き来してきました。

高校までは口話中心のコミュニケーションで生活していましたが、就職後に初めて本格的に手話と出会い、「これが自分の言語なんだ」と強く実感しました。ずっと心の中にしまっていた言葉が一気に溢れ出すような感覚で、自分らしさを取り戻したように思います。今では、手話と声の両方を使いながら、自分なりのコミュニケーションの形を築いています。

俳優の仕事を始めたのは、実は偶然のご縁でした。舞台に立つ機会をいただいてから、その道が一気に広がり、現在は俳優だけでなく、演出や自主公演のプロデュースにも携わっています。また、育った地元・栃木県小山市では観光のふるさと大使としても活動しており、地域ともつながりながら表現の幅を広げています。

東急イーライフデザインには、2011年にパートタイマーとして入社しました。本社での事務業務を担当しながら、個人のアーティスト活動も積極的に続けています。
会社も私の活動を理解してくれており、これまで手話イベントの開催や、スタッフが公演に来てくださるなど、温かく応援していただいています。

東京2025デフリンピック開会式・閉会式に込めた想い

――大橋さんは「東京2025デフリンピック」の開会式・閉会式の演出を担当されたと聞いています。開会式が11月15日に行われましたが、テーマや込められた想いについて教えてください。

今回、「東京2025デフリンピック」の開会式・閉会式の演出を担当しました。出演者はプロのアーティストだけでなく、主婦や会社員など舞台経験がほとんどない方も多く、限られた時間の中で表現を伝えていくのは大変でした。
それでも前向きに取り組んでくれ、100人を超える仲間と一つの作品をつくり上げた経験は本当に貴重でした。

特に、きこえない・きこえいくい出演者と手話通訳の存在は欠かせません。手話通訳がいないと成り立たない場面も多く、全員がそれぞれの「できること」を持ち寄りながら舞台を形にしていきました。

演出では、開会式を3つの場面に分けました。
場面1は「音のない世界」。きこえない・きこえにくい人の視点や世界観を表現したシーンです。
場面2は「今の東京」。そして場面3は「共生社会」きこえない・きこえにくい人ときこえる人が共に生きる社会を描きました。

共同演出の近藤さんとは、頭の中に世界観が映像として浮かぶタイプという点が似ていて、フィーリングが合う場面が多くあったのですが、一方で近藤さんには私にはない発想もあり、その世界観に追いつく大変さと愉しさを同時に感じました。

また、今回の開会式を通して「共生社会」という言葉について改めて考えさせられました。
“一緒にいれば共生”ということではなく、お互いの文化や言語を尊重し、対等な関係のうえに成り立つのが本当の共生だと思っています。
無理にきこえる人に合わせることでも、逆にわかったふりをすることでもありません。

稽古現場では、出演者たちに何度も「わからないことは、わからないと言っていいんだよ」と伝えてきました。きこえない・きこえにくい人もきこえる人もスタート地点が違うからこそ、“わからない”と言える空気が大切です。
そこから本当の対話が生まれ、互いの感覚を共有できるようになります。実際、出演者からは「初めて安心できる場所だと感じた」という声もありました。安心できる場をつくることが、芸術の土台であり、共生への一歩だと思っています。

また、稽古の最後には必ず全員で「ありがとう」と伝え合う時間をつくりました。テキストでは簡単に言える言葉でも、目を見て伝えるのは意外と難しいものです。けれど、その一言が相手にとって大きな安心につながり、チームが本当の意味でひとつになっていきました。

多様な人たちと舞台をつくり上げられたことは、私にとって大きな財産です。きこえない・きこえにくい、きこえるに関わらず、それぞれの文化や言葉を尊重しながら協力し合う未来を、今回の開会式を通して少しでも感じてもらえていたら嬉しいです。

「きこえない・きこえにくい」人と「きこえる」人が共につくる難しさ

――大橋さんが「東京2025デフリンピック」開会式の準備にあたって大変だと感じたことについて教えてください。

開会式の準備で一番大変だったのは、「きこえない・きこえにくい人」と「きこえる人」が一緒に作品をつくるための土台づくりでした。昨年11月に演出のお話をいただき、約1年かけて準備を進めてきました。4月頃からメンバーが増え、夏を過ぎると出演者も加わって、本格的な制作が動き出しました。

その中で大きな壁となったのが「人数のバランス」です。きこえない・きこえにくいメンバーが少数で、きこえるメンバーが10人以上。マイノリティとマジョリティの差があると、コミュニケーションの方法や理解のスピードにどうしても差が生まれます。
きこえるメンバーの多くにとって、きこえない・きこえにくい人と共に作品をつくるのは初めての経験で、ろう文化や手話についての理解もゼロからのスタートでした。

さらに、音と視覚で情報を受け取るスピードの違いも課題でした。きこえる人は音でテンポよく会議を進められますが、私たちはまず資料を読んで内容を把握してからミーティングに参加する必要があります。
ところが実際には資料が直前に配られることも多く、読む時間が確保できないまま議論が進み、意見を言おうとした時にはすでに話題が終わっている、ということも度々ありました。

こうしたズレから意見がぶつかることもありましたが、途中できこえない・きこえにくいメンバーが増え、対等に意見を言い合えるようになってから、一気に理解が進んだように思います。
本当の意味でのコミュニケーションが動き始めたのは秋に入ってからで、時間的には遅めのスタートでしたが、みんなの意識が変わっていく過程は大きな学びでした。

開会式は盛況に終わりましたが、「多様性は人数のバランスがあってこそ成り立つ」という気づきが強く残りました。どちらかが極端に少ない状態では、対等な議論も表現も難しくなるからです。今回の経験を通して、日本ではまだこの意識が十分に根づいていないと感じました。

また、本来私は出演する予定ではありませんでしたが、夏頃に急きょステージに立つことが決まったんです。ただ、舞台に立つこと自体は緊張よりも愉しさが勝っていました。
他の出演者は緊張で表情が固まっていましたが、私はとにかく愉しむことに集中していましたね。30分間という短いステージでしたが、全力でやりきることができ、本当に良い経験になりました。
▼東京2025デフリンピックの開会式の様子はこちら。2:00:00頃より、大橋さんが自転車に乗って入場します。

第25回夏季デフリンピック競技大会 東京2025 開会式

▼東京2025デフリンピックの閉会式の様子はこちら。1:09:00頃より、パフォーマンスが始まります。

第25回夏季デフリンピック競技大会 東京2025 閉会式

手話でつないだ、ご入居者との心の交流

――これまでにご入居者と関わられたこともありますか。

はい、住宅のご入居者の方と関わらせていただいた経験があります。グランクレールあざみ野に、耳のきこえないご入居者がいらしたのですが、その方は少し手話ができる一方、手話で会話ができるスタッフが周りにおらず、とても寂しい思いをされていたようでした。

その時、住宅の受付の方から声をかけてもらったんです。そこから、そのご入居者と手話でお話しする時間を持つことができました。
手話で気持ちが伝わった瞬間に表情がぱっと明るくなり、とても嬉しそうにされていたのが印象的でした。私自身も、「自分にもできることがあるんだ」と心が温かくなりました。

聴覚に障がいのあるご入居者は、どうしてもコミュニケーションが取りづらく、孤独を感じてしまうことがあります。
だからこそ、少しでも力になれたことが嬉しかったですし、必要な場面で私を思い出してつないでくださったスタッフの方にも大変感謝しています。

「自分にもできる」と思えるきっかけづくりを

――大橋さんのように障がいを持つ方が、さらに活躍できる会社になるためにはどういったことが必要だと考えていますか。

聴覚障がいのあるスタッフの入社は少ないと伺っております。理由は人それぞれあると思いますが、「きこえない自分にできる仕事があるのだろうか」と不安に感じてしまう方も多いのかもしれません。

しかし実際には、きこえない・きこえにくい人でも活躍できる仕事はたくさんあります。社内郵便の配達、洗濯物の整理、清掃など、一人で集中して取り組める仕事は、きこえない・きこえにくい人にとっても働きやすい環境です。
だからこそ求人票には、「体を動かすのが好きな方に向いています」「一人でコツコツ進められる作業です」といったイメージしやすい表現があると良いと感じています。

そして、もう一つ大切だと思うのは、きこえないご入居者の受け入れを見据えた手話の基礎づくりです。たとえば朝礼の時間に、毎日手話の単語を一つだけ紹介する取組があれば、スタッフの皆さんが自然と手話に触れるきっかけになります。
「おはよう」「ありがとう」「大丈夫ですか?」といった簡単な言葉だけでも覚えていくと、手話でご入居者に声をかけられるようになり、きこえない・きこえにくい方にとって安心できる環境に近づくと思うんです。手話ができるスタッフが一人いるだけでも、ご入居者にとっても、働く側にとっても大きな安心につながります。

これから応募してくださる方には、「自分にもできる仕事がある」「ここなら相談しながら働ける」と感じてもらえるような会社になっていけたらと思いますし、私自身もそのためにできることがあれば力になりたいと思っています。

「きこえない・きこえにくい」「きこえる」を越えて共に暮らす未来へ

――大橋さんの今後の目標を教えてください。

これからの大きな目標は、「きこえない・きこえにくい人が安心して暮らせる場所をもっと増やすこと」です。私の親も高齢になり、自然と老人ホームについて考える機会が増えました。その中で、「もしきこえない・きこえにくい人が、きこえる人ばかりのホームに入ったら、どれだけ不安だろう」と強く感じるようになりました。

きこえない・きこえにくい高齢者の方は、コミュニケーションが難しく、孤独を感じやすい環境に置かれています。でも、手話ができるスタッフが一人いるだけでも安心感は大きく変わります。
だからこそ、手話ができるスタッフがもっと増えるような環境づくりに、私も関わっていきたいと思っています。

手話は言語として認められていますし、手を使うことは認知症予防にもつながると言われています。耳が遠くなっても手話ができれば会話を続けられ、声だけではなく、手や身体、表情、身近なものを使ったコミュニケーションは人を豊かにします。
こうした世界を知るだけで、会話は一気にカラフルになるんです。

きこえない・きこえにくい人もきこえる人もストレスなく過ごせる空間づくりを、東急イーライフデザインから実験的に始められたらと本気で思っています。もし実現したら、私自身もぜひその場所に入りたいくらいです。

これからも、誰もが安心できる場をつくるために、自分にできることを少しずつ形にしていきたいです。

※本記事に掲載されている情報は、2025年11月17日時点の情報です。

関連する記事

関連するキーワード